われわれが学校で習った縄文時代は、だいぶ雑だったのかも? – JOMON展に行ってきた

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友人に誘われて、東京国立博物館の「縄文展」に行ってきました。

年3回、定期的に福祉施設で行っている音楽ステージのボランティアも盛況に終えて、高円寺から上野へ移動。

「博物館の前で待ち合わせ」という、あっさりライトな感じで考えていたのですが、ビックリしたのは行列の長さ!

チケット買うだけで15分ぐらいかかりました。

行列に並ぶのがガチで嫌いな私にとっては、歯を食いしばりながら、一日千秋の思いで待っておりましたが、どうにかこうにか「縄文展」のチケットをゲット!

1枚1600円なので、劇場で映画を1本観るぐらいの気合いで、縄文を鑑賞しなければなりません。

そういえば、上野の写真を撮り忘れていたので、フリー画像でお茶を濁してみます。雰囲気をお楽しみください。

なんとなくの雰囲気が伝わっておりますでしょうか。便利な世の中です。

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パンダの赤ちゃんでもいるの?

1600円払って(しつこい)、いざ、縄文展の世界へ!

ガッツリと撮影禁止でした。

撮影が許されたのは、冒頭に写真を掲載した一角のエリアのみ。

メインの展示に関しては。まさしく写真に匹敵するほどの高い情報量を、文章の中へ繊細かつ大胆に盛り込んでみせる、プロフェッショナルなライターとしての表現力が問われるところでねえ。

いや~

凄かったよね!

マジで!

それにしても、みんな、縄文が好きなんだな~と思いました。

だって、ガラス越しの展示のまわりを、老若男女が数十人ぐらい取り囲んでいるんです。

なに?

どうしたの?

ここ、シャンシャンでもいるの?

黒と白, 愛らしい, 国の動物

sharonang (CC0), Pixabay

なかなか動かない人だかり。

ガラス窓の前で、これだけ混み合っているということは、その向こう側に可愛い可愛いパンダちゃんでもいなければ割に合わない雰囲気なのです。

ただ、何分か待ってガラス窓を覗いて見ると、シカの角を削って作ったような、数センチほどの小さいアクセサリーが展示されているのみ。

う~~ん、

じつにマニアック!

渋い!

でも、嫌いじゃない!

何を隠そう、私は昔、ヤフオクで遮光性土偶のレプリカを3,000円で買ったことがあるんです。

今でも自宅のキッチンに飾っています。

遮光性土偶は、モチーフが宇宙人だったのではないかという説もあり、ロマンがかきたてられるところですよね。

この遮光性土偶の実物も展示されていたので、けっこう感激しちゃったんですよね。

博物館の解説によれば、土偶の異様に大きな目は「スノーゴーグル」だったと言及されているのですが、こんな時代にゴーグルなんてあんの? ゴーグルっていったら、ガラスが開発されてるのが前提じゃん! あったのかい? 縄文時代に!

この土偶レプリカがあまりにも日常に溶け込んでいたために、意識から外れていたけれども、

じつは自分もなかなかの縄文マニアなんじゃ……。

博物館に居ながらにして、そう自覚し始めたわけです。今さら。

そもそも、わたしが2004年に司法試験の受験をやめたのは、当時ちょっとしたブームが巻き起こっていた岡本太郎の著作の影響なのです。

司法試験みたいなチマチマした世界で、ゼロコンマ数点差を争っている場合じゃない!

ほんとは司法試験の世界から逃げ出したかった言い訳ですが、当時は岡本太郎にすがったのです。

岡本太郎こそ、縄文式土器の生々しい生命観に影響を受けて、有機的な作品群を続々と創り上げてきた人です。

その後は、縄文人のルーツとされる東南アジアにハマっているところからしても……

やばい、縄文!

ヤバイ……

俺、ハマっとる!

縄文に、ハマッとるではないか!

これは、エジプト・メソポタミア・インダス・黄河に続く、「縄文文明」なのでは?

この火焔式土器の実物もたくさん観てきました。(↑これもフリー画像です。便利!)

B.C.2000~3000年頃、群馬から長野・新潟にかけて主流の形式だったようです。

このほかにも、私が住んでいる近隣である千葉の松戸や市川にも、もう少しシンプルな土器が多数出土されているようなのです。

こういう土器の迫力には、ドキドキしますよね~(←NGワード)

同じ時代の四大文明の土器も展示されていましたが、どれもこれもシンプル。

縄文式土器ほどのギトギトした装飾まで施そうとした余裕まではなかったようですね。世界のどこにもなかったオリジナル文化の片鱗を感じさせます。

ところどころ、隙間や穴が開いている火焔式土器もあるので、ここに縄を通して引きずってたのかな、とか、落として割らないようにする滑り止めだったのかな、などと思いを馳せていました。

おそらくですが、この20~30年ほどで、縄文時代に関する研究や発掘が急速に進んだのではないでしょうか。

私が小学生の頃の社会科の教科書って、縄文時代の記載は数ページしかなかったはずですよ。1万年もあるはずなのに、ペラッペラでした。

ただ、土偶・土器・動物の角の装飾品など、今行われている「JOMON展」の展示は、大半が観たことないものばかりです。

しかも、縄文当時の記録が文字で残っておらず、物体のみが伝えられています。

そんな適度な「余白」から、いろんな想像をかきたてられますよね。

太古から伝わってきた生のエネルギーを一身に浴びた展示の数々を楽しみ、午後5時の閉館までガッツリ観てきましたよ。

縄文土器に限らず、数千年の時代を超えて、幾多の世代を超えて、当時の形が残っているって、ロマンチックですよね。

そして、現代のデジタル情報が、数千年後まで残ることってあるのかな……と、少し思いがよぎりました。

ブロックチェーンに載ってりゃ、多少は残るかな?

ナガミネ文晶塾

 

 

 

 

 

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