日本の司法は「神聖ボケ」している

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AJEL / Pixabay

あけまして、おめでとうございます!

最近、ふと思い出したことがあります。歳を取ると、思い出すことが多くなります。

20年前、大学を卒業する直前に、私法学ゼミの西村重雄先生の上に、ゼミ生みんなが招かれました。

食事をしながらほろ酔い状態で、宴もたけなわとなったとき、西村先生から学生に向けて、ひとつの質問が出ました。

「これから、日本の裁判所は、どうなっていくかね。法学部は、どうなると思うかね」

急に深刻な問いが投げかけられたので、みんな、顔を見合わせて黙ってしまいましたが、私は空気を読まず、冗談半分でこたえました。

「たいして変わらないと思います」

すると、先生はそのテキトーな答えを絶賛してくださいました。

実際、どうでしょうか。裁判所は、どれだけ変わったでしょうか。

もちろん、変わった部分はたくさんあります。

知的財産高等裁判所もできました。

証人尋問などをテレビ会議でできるシステムも整いました。

労働審判制度もできました。

即決裁判制度もできました。

裁判員裁判用の法廷もできました。アレを作っていた頃は、裁判中も隣室からドリルの回る音や何かを叩く音が鳴り響いたりしてて、傍聴するのもなかなかのストレスでした。法曹三者はなおさらでしょう。

でも、な~んか引っかかるんですよね。

これらはすべて、法律で定められたから受け身的になされた変化です。

もしかすると、司法の側から立法府に要望したものもあるかもしれませんが……(もしそうだったら教えてください)。

もちろん、自主的な変化もあります。

注目度の高い裁判での 傍聴券の抽選は昔、占い師が持っているような細い棒の束を1本ずつ引いていき、印がついている棒を引いたら当選という仕組みでした。

いまは、傍聴希望者に番号が配られて、あとはPCが自動的にランダムに当選番号を発表するしくみに変わったので、決着が早くなりました。

でも、この世の中にとっては、限定的な変化ですよね。人気裁判の傍聴券を欲しがる人なんて、世の中でごく少数ですから。

ヘタしたら、傍聴整理券をもらう列に並んでいる人のほとんどが、マスコミによって駆り出された超短期アルバイトの人々だったりします。裁判所の隅っこで、ダフ屋まがいのことをしてる輩もたまにいます。

人気裁判を純粋に傍聴したい人って、あの列に並んでいる人の中でも限定されてますよ。

去年8月から、東京・霞が関の裁判所で、開廷スケジュールが完全に電子化されました。時間帯などをベースにタブレットで検索できるようになっています。

賛否両論あるようですが、私は便利でいいなと思ってます。

ただねえ~、裁判所はもっと変化できるんじゃないかと。

変化すべきではないかと。

もっと、IT化を積極的に進めていいと思うのです。

裁判に限らず、手続きに要する書類を大幅に減らす。それは最低限、やってもらわなければなりません。

弁護士費用が高額なのは、やはり、いろんなコストがかかっているからで、特に弁護士会へ納める会費が、ほかの資格に比べてバカ高いという問題もあります。そのコストは依頼人にシワ寄せがくるのです。

弁護士を名乗るためだけに、所属する弁護士会の会費を毎月5万だの10万だの納めなければならず、しかもプロボノと呼ばれる社会貢献活動もしなければならない。

弁護士さんは、どれだけ身を削らなければならないのでしょう。

裁判所に出す証拠って、どうしても書類で提出しなければならないのでしょうか。大事件を担当する弁護士さんは、裁判所で重たそうなスーツケースをゴロゴロ転がしています。あんなの、ヨーロッパに10泊旅行にでも行く用事でもない限り、割に合いません。

tookapic / Pixabay

確かに、紙の書類にもメリットはあります。

デジタル化してネットで送信しちゃうと、悪意あるものに傍受され、機密情報が盗まれる危険性があります。また、データだと都合がいいように偽造や変造がなされるリスクもありますね。

しかし、デジタルデータの偽造などは、ブロックチェーンを使えば技術的に防げる可能性があります。

また、機密情報にあたるような証拠のセキュリティも、十分に保てる技術が開発されているのではないでしょうか。最新IT技術に関する東京ビックサイトの展示会などに行くと、セキュリティ技術の展示がやたら多いですよ。

それと、だいぶ別の話ですが、社会的に注目度の高い裁判は、テレビ中継してしまえばいいのです。そのほうが裁判員制度よりよっぽど「開かれた司法」にできます。

プライバシーとの兼ね合いもありますが、必ずしも生放送である必要はなく、数十分ズラして編集しながら流すこともできます。

また、BSやCSなどで録画禁止番組などもありますよね。プライバシー確保を優先するなら、ああいうのを応用してもいい。

テレビ中継なら、どの段階まで進んでいる裁判なのか、争点は何か、『※この被告人は、無罪が推定されています』など、いろんな情報を書き込んだスーパーを表示できます。

テレビ中継が難しそうなら、ラジオでもいいんですよ。radikoで裁判チャンネルがあったら、傍聴に行けない日でも、番組を聴きながら仕事したいわ。

そういう番組がきっかけで、裁判に興味を持つ人って増えると思うんです。

しかし、裁判所はおそらく、大幅にIT化するのは拒否します。

掛け声では「身近な司法」というものの、本音を言うと、身近になりたくないからでしょう。

法廷は世間から超然とした存在であるべきで、神聖でカリスマ的であるべきだと。

素人からツッコミを入れられるべきではないと。

IT化・双方向化は、もともと近づきがたい存在を身近にさせることに成功させていますが、それでガッカリする人もいるようです。

たとえば、元SMAPでジャニーズ事務所から離れた3人は、TwitterやInstagram、YouTubeなどを始めましたが、SMAPがカリスマ的な存在でいてほしい一部のファンからは失望の声が出ています。

ダウンタウンの松本さんがTwitterを始めたときも、同様の反応がありました。

でも、入れ替わり立ち替わりで、ファンはもっと増えたと思うのです。

宗教施設も同様です。納骨堂がコンピュータ制御で自動搬送されたり、ビットコインでお布施ができたりすれば、興ざめする人もいるでしょうが、新たに利用したがる人もいます。

法廷も、本気で「開かれた場」になるため、あるいは徹底したコスト削減のため、積極的にIT化に踏み込んでみてはいかがでしょうか。

司法は国民審査を除いて有権者による民主的審判を受けないため、日頃からの「国民からの信頼感」が唯一の存立根拠です。

なのに神聖さを隠れ蓑にして、これからのAI&ブロックチェーン時代に対応する変化をおろそかにするのでは、徐々に信頼感が目減りしていくでしょう。

ナガミネ文晶塾

 

 

 

 

 

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