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「迷惑をかけていい」自宅放火犯への裁判官メッセージ

time 2016/10/01

「迷惑をかけていい」自宅放火犯への裁判官メッセージ

 コミュニケーションというのは難しい。

 この国では、しばしば「他人に迷惑をかけない」ことが美徳とされている。

 「手がかからない」のが、理想的な子どもだと認識している人も多い。

 もちろん、意図的に迷惑をかけるのは、どうかしている。

 ひとりでは何もできないくせに、徒党を組むと騒ぎ出す連中は、ただただ気色悪い。もってのほかである。

 

 しかし、迷惑をかけないことが生きる目的の第一に挙がるということは、その目的を突き詰めると、「リスクを徹底的に回避する」生き方であり、「ひとりで生きる」「他人と関わらない」ことを理想として据えるわけである。

 確かに、すべてが静穏に進み、誰にも迷惑をかけない。日本人としては素晴らしい生き方なのかもしれない。

 

 だが、リスクを徹底的に回避し、他人と関わらないのなら、たしかに迷惑はかけないが、究極には「自らの存在を消す」ことが至上の生き方となる。

 迷惑をかけないことを究極まで突き詰めて、それで納得できるのなら構わないが、その生き方に精神的に耐えられる人が、果たしてどれだけいるだろう。

 「迷惑をかけない」ことは、対立も摩擦も生じず、平和ではあるが、「何も生み出さない」といえる。

 何も、形あるものを作り出すことばかりが生産ではない。

 その人の存在が、心に刻み込まれ、次の思考や行動に影響を及ぼすことも「生産」といえるのではないか。

 

 

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妻に迷惑をかけたくなくて 自宅に火を放つ

 

 終戦直後、中学校を卒業した男性は、国鉄に就職し、脇目も振らずに働いた。

 当時の政治家が多用し、人々の心に響いた最大のスローガンが「食糧の確保」だ。

 働けば働くほど豊かになれると信じていただろう。

 

 実際、戦後の日本は奇跡的な高度経済成長を遂げ、食うに困る生存への不安感は まずなくなった。

 男性は、家庭を顧みずに働き続けた。もちろん、家庭を守る妻への感謝は忘れていない。しかし、どのように感謝を伝えていいのか、戸惑っていたのかもしれない。働いていれば、不安が払拭できた。

 彼には、他人に迷惑をかけず、周囲に同調する才能があったのだろう。

 巨大な組織の中へ自らの存在を埋没させることで、円滑に物事を進めることができた。

 

 国鉄を退職した後は、しばらく住宅販売会社で働いていた。

 しかし、70歳で狭心症を患い、自らの生きがいである「仕事」を手放さざるを得なかった。

 他にも、様々な病気が見つかった。もう、「家庭」の外へ出て行けない。今まで苦労をかけてきたが、多忙にかまけて正面から対峙していなかった妻と、向き合わざるをえなかった。

 しかし、向き合い方がわからなかったのだろう。仕事人間の真面目すぎる男性は、逃げ場を失って追い詰められた。

 本当は、奥さんこそが「逃げ場」になりえたのかもしれないのに。

 男性は、奥さんに突然の別れを告げ、自宅の仏間や寝室に灯油をかけて火をつけ、木造平屋の住宅を全焼させた。

 自殺を図ろうとしたのである。

 

 現住建造物等放火の罪に問われた、80歳の男性に対する裁判員裁判。

 2011年6月30日、福岡地方裁判所で開かれた判決公判で、林秀文裁判長は、懲役3年を言い渡し、保護観察付きで5年間の執行猶予を付した。

 今すぐ刑務所に入らなければならないわけではないが、実質的にはほとんど実刑に近い。

 どのような事情があろうとも、やはり、地域社会へ脅威を与える「放火」という事実は、重く斟酌せざるをえなかったのだろう。

 林秀文裁判長は「いくつもの病気を抱え、妻に迷惑をかけたくないと将来を悲観した経緯は、高齢者特有の心情として理解できる」とのメッセージを、判決理由に盛り込んだ上で、「あなたは迷惑をかけたくないという思いが強すぎた。これからは迷惑をかけていいんです。中学以来、70歳まで働き続けてきたんだし、胸を張って生きてください」との説諭を投げかけた。

 証言台に立った男性は、ひとこと「わかりました」と返答した。

 なにしろ、放火で自宅を全焼させるという最大級の迷惑をかけたのだ。80歳からではあるが、開き直って、奥さんと正面から向き合えるのかもしれない。

 

 人は結局、迷惑を掛け合いながら生きていくしかない。世渡り上手な人とは、たぶん「他人にちょうどいい迷惑をかけられる人」なのだろう。

 迷惑をかけているという自覚があるからこそ、他人の落ち度や失策にも、寛大になれるのかもしれない。

 
 

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いらっしゃいませ

長嶺 超輝

長嶺 超輝

「ナガミネ マサキ」 と読みます。たまに、「カンダ マサキ」と間違われます。 [詳細]

▼くだらないのに、ためになる。「18歳選挙権」時代に 親子で学べる 学園民主主義バトル小説!

▼東日本大震災の被害に付け込んだ 卑劣な犯罪の記録。「地震大国」に住む以上、目を背けるわけにいかない現実

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