【裁判】人生が上手くいかない不満を 猫にぶつけた男

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「猫は好きなほうです」

 その男は法廷で答えた。

 

 テレビ制作会社のカメラアシスタントのアルバイト、17年以上も続けていたものの、職場関係がうまくいかず、経済的にも窮していた。

 そんな自分の境遇と比べて、野良猫は気楽でいい。

「猫は、自由でいいな。しかも、タダでエサをもらえて」

 その思いがいつしか嫉妬に変わり、虐待にまで発展した…… ようなのである。どうやら。

 

 9月6日、東京地裁。「動物愛護法違反」という比較的珍しい罪名に釣られてか、傍聴席はほぼ満員になっている。

 もっとも、私自身も釣られたうちのひとりである。

 42歳になる被告人の男は、昨年末から今年3月にかけて、都内の自宅で少なくとも野良猫3匹を殺した疑いで起訴された。

 熱湯をかけて弱らせて、足を結束バンドで縛って身動きできない状態にし、蹴飛ばし、ペンチで歯を折ったり、爪を抜いたり、ガスバーナーをのどに突き当てたり、電流を体に流したりするなど、壮絶な動物虐待を行っていたという。

 今までに30匹ぐらいの野良猫を殺したと、余罪を供述している(ただし、供述以外の証拠がないので、起訴されていない)。

 動物虐待を続けた理由として「警察に捕まらなかったから」と述べている。法律上「愛護動物」に該当する猫の虐待が、犯罪になることはわかってやっていたようだ。

 

◆動物の愛護及び管理に関する法律 44条

1 愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金に処する。

4 〔略〕「愛護動物」とは、次の各号に掲げる動物をいう。
  一 牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
  二 前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの

 被告人の印象としては、内向的な性格には見えない。

 背は低めだが、体格はいい。角刈りで、目鼻立ちがハッキリしている。どちらかというと豪快なタイプにも見える。そのギャップで、それまでコミュニケーションに苦しんできた過去があるのかもしれない。

 もっとも、内向的な性格と動物虐待という行為は、まったく別の話だが。 

 

 犯行のために、虐待する野良猫を捕獲するためのケージを購入。殺した猫の死体は、自宅のあるアパートの地下に投げ捨てていた。

 自宅のドアの前で、猫の首を絞めていた被告人の姿を見たことがあるという、周辺住民の目撃情報もある。

 

 取り調べ時の被告人の供述によれば「猫を殺した後もスッキリしたわけではなく、後悔でストレスが溜まっていた」という。

 そんなことを言われては、犠牲にさせられた猫も浮かばれまい。

 弁護人が交渉し、家主や賃借の連帯保証人と話し合って、原状回復費用として7万円を家主に支払う和解が成立しているという。

 

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仕事のストレス?

 被告人は、留置場から手紙を書いた。

 実家の母親と、元勤め先の社長に向けてだ。

 「法廷で情状証人にたってほしい」と、手紙で依頼したのである。

 情状証人は、罪は認めた上で、「根は悪い人間でない」「反省している」「今後の生活のサポートをしていく」ことなどを第三者的な立場で証言する証人だ。

 
 そして、ふたりは依頼どおりに、法廷に姿を見せた。見ず知らずの傍聴人の前に姿をさらすのは、相当な精神的衝撃があるに違いない。

 

 母親は、恐縮して背中を丸めながら「今後は一緒に生活したい」と述べた。

 元勤め先のテレビ制作会社の社長は「職場でのトラブルやケンカはなかった。大きな声を張り上げたりもせず、おとなしかった。コミュニケーションが苦手な部分があったようだ」と振り返った上で、「今後また、うちで仕事をしてもらうのは厳しい。縁は切れてしまうのかもしれないが、付き合いは長いし、悪いやつではない。力になれればと思っている」と、今後のサポートを誓った。

 

 被告人は子どもの頃から、勉強や家事ができるしっかり者の姉と比較され、劣等感を持ってきたという。

 上京して、仕事に就いたが、後輩に実績で追い抜かれてしまう。

 テレビ制作の仕事は、忙しいときと暇なときの差が激しいようだ。繁忙期はこき使われてストレスが溜まり、仕事がなければ、自宅で待機。

 アルバイトなので勤務がなければ支払いの保証はない。金銭面で将来への不安は拭えなかった。

 

「猫に申し訳ない。神社に手を合わせたり、野良猫を可愛がったりしている。いろんな人にも迷惑をかけました」と、彼なりの反省の弁を述べている。

 弁護人から、またストレスが溜まったらどうするのかを尋ねると「運動したり、走ったり、ストレッチしたり、自分の身体を痛め付け、いじめぬいて、ストレスを発散したい」と答えた。

 彼にとっては、「いじめぬく」ことがストレス発散の手段になっているようだ。そのターゲットが他に向くか、自分に向くかの違いにすぎない。

 

 永渕健一裁判官は、素朴な疑問を投げかける。

「母親と社長に、法廷でどんな話をしてほしくて、証言を頼む手紙を書いたんですか?」

 その質問に被告人は「今まで仕事を懸命に頑張ってきたこと……」と答える。

 裁判官は少々呆れた様子で、「なるほど」と相づちを打つのが精一杯だったようだ。一呼吸置いて「あなたの場合、一度や二度ではない。何度も繰り返している。そこが心配なんだけどね」と念を押した。

 

論告・弁論・最終陳述

 検察官は、「常習的犯行で、地域社会への不安や衝撃を与えた。独善的な犯行動機に酌量の余地はない」として、懲役1年を求刑。

 一方で弁護人は「動物虐待が自己の快感に繋がるような人物ではなく、反省もしていて、今後は繰り返す心配は無い」として、情状酌量を求めた。

 
 ただ、被告人の最終陳述には驚かされた。手紙を広げて読み上げたのである。

「オイルショックの年に生まれ、挫折と妥協の人生でした」との一文で始まり、朗読ショーは10分以上も続いた。

 弁護人が一度起立し、停止を求めようとしたが、止めるタイミングを失ってしまい、結局は最後まで読み上げられた。

「家には居場所がなかったです。バブル経済が破綻した頃でした。めちゃくちゃ労働させられました。人の善意に付け込んで、人の生き血をすすっているような仕事場で、口が達者な後輩からもナメられました。今の若者はすぐ逃げる」

 とにかく、自らの境遇に対する恨みつらみが、延々と書き綴られている。おおむね「自分は正しい。周りは間違っている」という内容で一貫している。

 せっかく情状証人として法廷に来て、被告人をかばう証言をしてくれた、母親や社長をも罵倒し、傷つける内容だ。

 2人はどんな気持ちで、その身勝手な文章朗読を聞いていただろう。

 

 「その紙、裁判所に提出してもらえますね?」

 裁判官がそう念押しして閉廷した。

 後味の悪い裁判だったが、とにかく「他人への感謝を忘れないようにしよう」と心に決めた。

 

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