村山浩昭裁判官から酒井法子(のりピー)へのメッセージ

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 明日は、高知東生被告人に対する判決公判が行われます。

 今 このタイミングで、ひとつ振り返っておきたい公判があります。

 同じ役者、同じ薬物使用に関する裁判として、です。


 2009年10月23日。

 初公判には雨天にも関わらず、6600人あまりが列を作りました。

 裁判所の敷地では収まりきれないので、近くの日比谷公園が整理券配布場所となったのです。

 

 日本の裁判で、傍聴希望者の多さでは史上2位の人数。芸能人の被告人では最多でした。

 オウム真理教事件の松本智津夫に対する初公判では、1万人以上の傍聴希望者が集まり、それが史上最多です。ただ、東京地裁で最大級の104号法廷が使われたため、傍聴券の競争率だけなら、一般傍聴席が20席しかなかった酒井法子事件が最も高くなりました。注目度の高さが窺えるところです。

 やはり、「清純派」の歌手や女優として売っていて、裁判員制度のPR映画にまで出演していただけに、犯した罪とのギャップが極端にあらわれて (しかも、しばらく逃げ回っていた)、世間に与えた衝撃は非常に大きかったのです。

 

 元サーファーと結婚し、当時ののりピーファンは少なからず落胆したと思いますが、その夫から薬物の影響を受けたとのことで、二重のショックを与えたといえるでしょう。 

 

 担当の村山裁判官は、判決理由のなかで「夫が逮捕されるとみるや、覚せい剤使用の発覚を免れるため転々と逃走するなど、卑劣な行動をとった」と厳しく指摘。

 一方で、「最初は夫から勧められたとはいえ、自分の責任を直視し、覚せい剤と絶縁する決意をしている」として、懲役刑に執行猶予を付けたのです。

 

 村山裁判官は、判決書きを読み上げたあと、「あなたは長い芸能生活で、ドラマや映画でいろいろ役を演じてきたが、この事件は現実です。事件の重みを今後実感することになります。重みに負けず、薬物を完全に断ち切って、生活することを望みます」と説諭しました。

 さらに「自分が受けた主文を、もう一度言ってみてください」と問いかけ、酒井法子被告自身に「懲役1年6カ月、執行猶予3年」と、声に出して言わせ、その『現実』を改めて確認させたのです。

 村山裁判官は「くれぐれもその主文を忘れないでください」と話しかけて、閉廷しました。

 2012年には執行猶予が解けて、そのとき言い渡された懲役1年6か月という刑罰の効力はなくなりました。

 しかし、いったん崩れた『女優:酒井法子』のイメージは、何年経っても回復する兆しが見えません。

 有名人にとって、刑罰より怖いのは世間の目なのかもしれません。

 あのとき逃走していなかったら、芸能界への本格復帰の見込みも多少は違っていたようにも思えます。

 

 

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そのほか、村山裁判官のお言葉

 1966年に発生した住居放火と一家殺害の容疑で、元ボクサーの男性が逮捕され、死刑判決が言い渡された、いわゆる『袴田事件』の再審請求(裁判のやり直しを求める裁判)の審理を担当したことがあります。

 2014年、静岡地裁で村山裁判官は、死刑判決は誤りだったと事実上認めて、裁判のやり直しを許可しました。

 さらに判決理由のなかで「証拠捏造の疑い」「耐え難いほど正義に反する」といった表現で、袴田事件をめぐる警察や検察の捜査態度を厳しく非難しています。

 

ナガミネ文晶塾

 

 

 

 

 

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