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矢村宏裁判官「発達障害というのは……」

time 2016/09/10

矢村宏裁判官「発達障害というのは……」

 2009年3月のこと、駅のホームへ電車が来る直前に、女性を線路へ突き落とし、車両の底面に身体を接触させてケガを負わせたとして、殺人未遂の罪に問われた20代の男性。

 就職活動がうまくいかず、誰も認めてくれない焦り。

 さらに母親から「障害者の枠で就職しては?」と提案され、プライドが傷つけられてストレスが溜まり…… というのが、彼の犯行動機とされています。

 この事件の直後、2009年5月に裁判員制度がスタートしたのですが、本件は裁判員制度で初めて被告人の精神鑑定が行われ、一般の裁判員たちを戸惑わせた裁判でもありました。

「現在は、アスペルガー症候群に該当すると考えます」

 法廷で鑑定医がそのように述べると、壇上の裁判員は一斉に複雑な表情を見せたといいます。なぜなら、証拠で出ている鑑定書には「自閉症」と書いてあったからです。

 「鑑定書には、幼児期の診断結果を記すのが通例となっていて……」

 たとえ業界での慣例であっても、鑑定書と法廷での証言が食い違っていれば、外野の一般人に理解できず、違和感を持つのも当然でしょう。
 

 検察官が懲役12年を求刑したのに対し、一審では懲役9年の実刑、 そして、二審でもその刑が支持されました。

 

 しかし、矢村宏裁判長は、判決だけ言い渡して足りるとは思えなかったのでしょう。

 今後、ストレスの捌け口として、二度と犯罪を犯さたりしないように、それだけでなく、ひとりの社会人として立ち直っていけるように、メッセージを送ったのです。

 

 「発達障害は、だめな人じゃない。障害とうまく付き合う方法を考えてください」

 「ノーベル賞を取った人だっている。自信持っていいんだ」

 

 たとえば、ノーベル物理学賞のアインシュタインは、発達障害の中でもADHDだったといわれます。

 偉人や芸能人には、発達障害の人が少なくありません。

 そうなると「障害って何?」とも思えてきますが、その影には大勢の「名も無き発達障害者」がいます。

 だから、矢村裁判長は「ノーベル賞を取るくらい偉大な人間になれ」とプレッシャーをかけたわけではないでしょう。

 ノーベル賞うんぬんは、あくまで発達障害をうまく個性として飼い慣らした一例であって、むしろ「あなたはダメな人じゃない」「自信を持っていい」というお言葉のほうに、伝えたいメッセージの比重が置かれている気がします。

 
 

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精神疾患があると、罪に問われない?

 

◆ 刑法 第39条 (心神喪失及び心神耗弱)
1 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
 

 精神疾患があれば罪に問われない、というわけではありません。

 精神疾患の影響で、「心神喪失」「心神耗弱」という状態に陥っていれば、たとえ罪を犯したとしても、刑罰についてちょっと別に考えましょう、というのが刑法39条です。

 

 理論上、以下の2つの能力が人に備わっているため、普通の人は犯罪を犯さないというのです。

  •  【事理弁識能力】 悪いことであり、やってはいけないことであると認識している。
  •  【行動制御能力】 悪いことをやらないよう思いとどまり、自分の行動をコントロールできる。

 その2つの能力があるのに、法の壁を乗り越えて、あえて犯罪を犯したならば、そりゃあ、その人に責任を取ってもらいましょう……というわけなのです。

 しかし、精神的な病気のために「心神喪失」となっている人は、どちらかの能力が完全に欠けているため、そもそも「悪いことだと思っていない」あるいは「悪い行動を止められない」状況にあります。そういった人が犯罪を犯したことに対して、処罰しても効果あるの? 処罰して懲りるの? というわけで、それで刑法39条1項により「罰しない」とされています。

 事理弁識と行動制御、どちらかの能力が著しく弱っている場合は「心神耗弱(こうじゃく)」となっている人です。この人も、犯罪を犯さずに生活するのが難しい状態にあるので、刑を軽くしてバランスを取ろうと考えています。

 
 ただ、この理屈を、一般の裁判員では心から納得できない場合が多いと思います。

 なぜなら、普通の人は「犯罪に巻き込まれて被害者になることはあっても、自分が犯罪を犯し、裁判の被告人になることは100%ありえない」と考えているからです。

 ですから、犯罪の被害者には同情を寄せても、被告人に肩入れすることは心理的にできませんし、弁護人が必死で被告人の味方をする態度にも、同意できないでしょう。

 本当はどんな状況でも犯罪を犯さないとは言い切れませんし、仮に犯罪を犯さなくても捜査ミスでぬれぎぬを着せられ、冤罪に巻き込まれるおそれもあります。

 自分は裁判の被告人にならないとの考えは、たとえば「自分に限って交通事故を起こすはずがない」「自分は大震災でも生き残れる」と確信しているのと同じ類いの油断であり、隙であり、ある意味で傲慢ともいえます。

 裁判員裁判で精神鑑定を行うことは、「犯罪者に有利な事情を考慮に入れる? 何言ってんだ?」という『素朴な市民感覚』を持つ裁判員をどのように説得するか……という非常に高い「壁」が立ちふさがるように思います。

 裁判員裁判で心神耗弱や喪失を主張する弁護人は、なかなか大変でしょうね。

 

 

 

 

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長嶺 超輝

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