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フリーライターは2種類いる。「原稿勝負タイプ」と「○○勝負タイプ」

time 2016/09/04

フリーライターは2種類いる。「原稿勝負タイプ」と「○○勝負タイプ」

 ライターは「文章を書くのが好きな人(得意な人)」が就く職業だと思っている人が多い。

 もちろん、それが多数派かもしれない。

 しかし、世の中はそう単純にできていない。

 

 「どうして、あんなやつに仕事がバンバン来るんだ?」

 

 原稿のクオリティは明らかにグッダグダにもかかわらず、依頼・受注が途切れないタイプの人間がいる。

 ライターに限らない。デザイナーやイラストレーターなど、他ジャンルのフリーランスでも、似たような思いを抱いている人々は少なくないはずだ。

 いや、フリーランスや自営業に限らない。 会社の中でも「どうしてあいつが、あんなに出世するのか」、意味不明な人事がチラホラ見受けられるのではないか。

 

 もう、すでにお気づきの方もいらっしゃるだろう。

 彼らは、仕事の品質なんか、特に問題にしていない。

 ライター仕事の最大の鍵を握るのは、出版業界との人脈である。

 彼らはとにかく、人間関係にフォーカスしているのである。

 

 ライターには2種類いる。

 原稿で勝負するライター(職人タイプ)と、営業で勝負するライター(愛されタイプ)である。

 まさか、自分の原稿にこだわりがないライターが存在しているなんて、最初、信じられなかった。

 しかし、原稿よりも人柄で仕事をもらっているライターは確実にいる。 それも、業界内でかなりの割合を占める一大勢力だ。

 

 もちろん、原稿力と営業力の双方において、最初から卓越した力量を兼ね備えた、伝説の「スーパーライター人ゴッド」という最終形態も存在する。

 ただ、そんな兆単位の戦闘力を誇る天才ライターなど、ここで問題にしても仕方がない。

 空しくなるだけだ。

 

 私が申し上げたいのは……

 原稿勝負型のベタなライターは、「営業勝負型」の連中を見習うべきだ!

 という、切なるメッセージである。

 

 

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「営業勝負型」ライターは、〆切を厳守する

 
 営業勝負型のライターは、原稿の中身なんか二の次、三の次だと割り切る勇気を持っている。

 それよりも、原稿料をもらい続けられるよう、取引先である編集者と懇意にすることこそを第一に目指す。

 原稿のレベルが低かろうと、問題は生じない。

 なぜなら、「ライターの原稿を手直しすること」によって、自らの表現欲求を満たし、生きがいや存在意義にしている編集者がいるからだ。

 そんな編集者の特性を見抜いて、仲間にしていただければ、書き殴った原稿にでも嬉々として赤を入れてくれる。

 つまり、「未熟」だからこそ愛される。可愛がられる。

 原稿の完成度なんか、そこそこで十分。 途中原稿でちょうどいいぐらいだ。

 

 それより、〆切を忘れずに守ることを重視しよう。

 「原稿重視型」のライターは、原稿の品質を上げるために、平気で〆切を破ったり遅らせたりする。

 本末転倒である。

 社会人として信頼関係を保つため、最低限の約束ぐらい守らなければならない。

 

 

「営業勝負型」ライターは、読者を気にしない

 
 そもそも、読者とは何だろう。

 一生懸命に書いた原稿が雑誌に載ったところで、ほとんどの人は読みやしない。

 雑誌に書かれている文字は、雑誌っぽく見せるための幾何学模様にすぎない。 

 本を出しても誰も気づかないし、偶然気づいた人がいても立ち読みで終わりだ。

 それどころか、読みも買いもしないのに、タイトルだけを見ての直感で、Amazonレビューで的外れなコメントを残すばかりの迷惑な存在、それが「読者」である。

 読まれても、読まれなくても、原稿料の額が変わるわけじゃなし。

 だとすれば、そんな世間の読者のことを気にしたところで、生産的ではない。

 存在すらも定かでない、そんな読者のことを想像して、原稿をシコシコ書いても仕方がない。

 

 われわれが仕事をもらえるのは、編集者のおかげである。

 編集者とは、ライターの原稿にとって「第一の読者」である。

 目の前にいるリアルな「読者」さえ大切にしていれば、ライターとして十分ではないか。

 欲張って遠くばかりを見ていては、足元で咲く花の美しさに気づかない。

 むしろ、その読者ひとりをも満足させられないようなら、ライターなど名乗るもんじゃない。

 

 

「営業勝負型」ライターは、作家を自称したがらない

 

 原稿の完成度にこだわるライターの中には、「作家」という肩書きにやたらと憧れている人がいる。

 ただ、頼まれた原稿を書いただけなのに。

 ただ、「ありもの」を集めてまとめただけのくせに。

 自分こそが「何かを生み出した」と思い込みたい、不遜で自信の無いライターほど、自分を「作家」だと名乗りたがって、他の物書きとは違う居場所を欲しがる。

 じつに痛々しい。 つまらない原稿しか書けないくせに、気取るんじゃない。

 

 あなたへの最終評価は、他者がくだす。

 この基本的なルールからは、誰も逃れられない。

 その点、営業勝負タイプのライターは、身の程をわきまえている。

 ろくな受賞実績を持たないにもかかわらず、作家を自称するなどという、気持ちの悪い領域には踏み込まない。

 たとえ、あなたのことを、1億人が「作家」と呼んでくれたとしても、「いえいえ、とんでもない。ただのライター風情がおこがましい限りです」と断りを入れたほうが、むしろ格好よさや潔さを感じる場合もある。

 自分の存在は消してもいい。

 忘れられても構わない。

 身の周りの人々が笑顔でいてくれさえすれば。
 

 そんなことより、編集者を褒め立ててリスペクトし、どうでもいいことを言い合いながら、楽しく仕事を進めて、翌月に原稿料の振り込みを確認する。 

 そのほうが、よほど健康的に物事が進んでいくのではないだろうか。

 

 


 

 以上!

 信じるか信じないかは、あなた次第ですっ!

  

 

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