ハリウッド伝説の喜劇女優 ルシル・ボール「若さを保つ秘訣は……」

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ルシル・ボール (1911 – 1989)

 エミー賞に13回ノミネートされ、4回も受賞した、アメリカ喜劇界の大女優です。

 最初に「正直に生きること」と前振りしておき、次々にキレイごとを並べながら、最後に「年齢を偽ること」という矛盾で落とすという、素晴らしく計算されたセリフですね。

 ルシル・ボールは、4歳のときに父を亡くし、しばらく女手ひとつで育てられたといいます。母は再婚したものの、夫の両親の世話をしなければならず、大変な生活を送っていました。

 そんな過酷な日常の中でも、母は娘を芸能界に入れることを熱望しており、家計が苦しかったにもかかわらず、無理をして名門の演劇スクールに入れられたルシル。

 しかし、厳しさや恐怖ばかりの指導に嫌気がさし、抜け出して、18歳の頃からモデルとして活動を始めました。

 そこから女優を目指しましたが、なかなか芽が出ません。20代、30代の頃は下積みが長く、B級映画などのチョイ役が多かったが、業界内の評価は高く、すでに「知る人ぞ知る」存在になっていました。じっくりとチャンスを待った。

 40歳の頃、彼女の人生を変えた出世作となる CBSのテレビ番組『アイ・ラブ・ルーシー』の製作と出演に携わりました。

 劇中の夫役として、駆け落ちの末に結婚し、実際の夫であったデジ・アーナズも共演。

 当時、私生活では、40歳を超えてから立て続けに2人の子どもを出産するなど、パワフルな一面を見せていたのですが、劇中でも妊娠のエピソードを盛り込みました。

 当時のアメリカは、テレビで「妊娠」という言葉を使うことすらはばかられた時代で、相当な批判も受けていましたが、2人目の男子を産むときには、その出産すらも劇中の演出に使いました。

 実際に、出演者として新生児を登場させ、このときの視聴率は、当時のアイゼンハワー大統領の就任宣誓式を、はるかに上回るほどの大人気を博していました。

 

 時代を打ち崩すほどの大胆さが、加齢すらも茶化す名言を生んだといえるでしょう。

 こうした、ある意味で図々しいことを自信を持って言える間は、実際に若々しくいられそうです。

 この図々しさがイヤミにならないのは、ルシルの人柄と、ユーモアの生み出す笑いの力かもしれません。

ナガミネ文晶塾

 

 

 

 

 

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