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歴史は繰り返す。明治時代にも巻き起こった 弁護士の「供給過剰」問題

time 2016/08/18

歴史は繰り返す。明治時代にも巻き起こった 弁護士の「供給過剰」問題

読売新聞 1906年12月10日朝刊

 

 見出しには、ズバリ『弁護士供給過剰』とあります。

 記事の中身を今っぽく書きなおしてみます。

 

「近ごろ、大学法学部の卒業者や、裁判官・検察官の辞職者で、弁護士登録を志願する人が後を絶たない。現に東京だけでも500人という多さ(※当時の弁護士人口は全国で約3500人)である。供給過剰の結果、必然的に生活していくのに難しさを感じるようになり、不正行為に手を染める人が少なくない。司法省はきっぱりと、弁護士を減らす方針を採り、本年は弁護士試験(現在の司法試験)の合格者を20人余りに制限した」

 

 ……なんでしょうか、このデジャブ感。

 弁護士登録者や合格者の人数だけ変えれば、「今のニュース」だと勘違いする人も少なくないでしょう。私も勘違いする自信があります。

 また、弁護士界の経営的ピンチは、大恐慌の煽りを受けた昭和初期(1930年前後)にも起きました。この時代の生存競争はもっと深刻で、

  • 生活苦を理由に自ら命を絶つ弁護士
  • 出前を頼んでおきながらお代を払わない取り込み詐欺を繰り返した弁護士
  • 横領罪で逮捕された弁護士会の幹部弁護士

……などの実態も、当時の新聞で報道されています。

 この頃の記憶が鮮明な弁護士は、戦後になって、弁護士人口を増やす政策に疑いの目を向けて、懸命に反対したのかもしれません。

 でも、世代が入れ替わり、増員の歯止めがだんだん弱くなっていったのでしょう。

 弁護士人口の増やしすぎに気づいてから、減らす方針への転換も遅すぎました。司法試験の受験者には、制限時間内での秒単位の判断を大量に要求しているくせに、司法試験当局は、合格者を減らす決断に何年かけたのか。のろまなことをやっている間にも、経営難に喘ぐ弁護士は続出しています。

 私が貴重な20代をぶっつぶして挑んだ世界が、パワーダウンしていくのは直視していられません。

 近ごろ、法科大学院の出願者も激減しているそうなので(人気が無くなるのも当然ですが)、遠くない将来、弁護士人口は自然と調整されていくのかもしれません。

 

 江戸時代、開国直後の日本に入り、記録に残っている中で、初めて富士山に登頂した外国人として知られるラザフォード・オールコック氏は、著書『大君の都』の中で、こう書き残しています。

わたしの同僚のひとりは、日本の特徴を、つぎのような三行詩に歌い上げた。
「女にはペチコートがなく、家には南京虫がたむろせず、国には法律家がひとりもいない
これは、あまり詩にはなっていないが、正確さにおいてはそのものずばりである。

 
 日本はもともと、法律家の需要が少ない文化圏なのかもしれません。もちろん、「法律家がひとりもいない」せいで、様々なトラブルが「泣き寝入り」によって「解決」した例も、歴史の闇に多く埋もれていたのかもしれませんが……

 江戸時代、借金の取り立てや役人への届け出サポートなどを行った「公事師(くじし)」がいましたけれども、どうなんでしょうねえ。現代の弁護士にあたるような役割を、庶民から期待されていたのかどうか。

 少なくとも、「弁護士を増やせば、それに対する需要も増える」という非論理的な発想は、日本では通用しなさそうです。

 

 弁護士なんて、むやみに増やす必要はない。 具体的な力を持たない庶民に力を貸せる、真の意味のエリートだけが就けば十分の職業だと思います。

 


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長嶺 超輝

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