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「住民は 電車に手をふろう」条例を、全力で肯定する

JR只見線(wikipedia)

 只見線は、福島県会津若松市・会津美里町・会津坂下町・柳津町・三島町・金山町・只見町・新潟県魚沼市という、2県8自治体にまたがる路線なのです。

 ただ、金山町⇔只見町の間にある、「本名駅~会津蒲生駅」の間は、2011年夏の集中豪雨によって、いまだに不通になっているというのです!

 これはガンバレ、只見線がんばれ、応援せねば! ということで、只見線が通るうちの6自治体が、「只見線の電車を見かけたら、住人は手を振るように」という条例を一斉に制定したのであります。

 8自治体中、6自治体。

 参加率75%です。

 暗算できなかったので、ついPCの電卓を使ってしまいました。

 

 電車を見かけたら手を振れ?
 余計なお世話じゃ。

 そうかもしれませんが、そう言わないでほしいのです。 どの市や町も、本気で取り組んでいるのです。

 ポスターをつくっての単なる呼びかけやキャンペーンでもよかったはずですが、わざわざ条例にしたということは、情熱が違います。わざわざ議会にかけて議員の多数決をとるという手間がかかっています。 

 

 たとえば、現実に只見線の不通区間を擁する金山町では、このように定められています。非常にシンプルな条例です。

 

○只見線にみんなで手をふろう条例

第1条(目的)
 この条例は、広く親しまれているJR只見線の列車(以下「只見線」という。)に手をふる活動を広めることにより、乗客者へのおもてなしの気持ちを示し、もって地域住民の只見線に対する愛着を深め、力強く走る只見線を応援することを目的とする。

第2条(町の役割)
 町は、只見線に手をふる活動の普及に積極的に取り組むよう努めるものとする。

第3条(町民の役割)
 通勤通学時、農作業中や散歩の時などあらゆる場面で只見線に手をふるよう努めるものとする。

 

 会社に遅刻しそうでも立ち止まって、「あらゆる場面で」手を振るんですよ。 住民にだいぶ過酷な努力義務を課しているようにも見えますが、それでいいのです。

 手を振るのも、振られるのも、なぜか嬉しい。

 これはきっと、理屈抜きの喜びであります。

 田舎ののどかなローカル線だからできること。

 これがもし、「山手線に手を振ろう条例」だったら、東京の人は出勤のたびに肩や腕がパンパンに張ってしまい、身がもたないことでありましょう。

 

 

 2011年に発表された、九州新幹線の開通CMが話題になりましたね。

 九州人にとっては、40年越しの夢が実現したのです。

 わたしが子どもの頃、博多から鹿児島まで特急有明に乗って行けば、3時間半ほどかかっていました。鹿児島には、叔父叔母いとこの家がありますが、かつては非常に遠い印象がありました。

 それが1時間20分にまで短縮されたというのですから、これをドリームと言わずして何と言おう。

 キューシュードリームであると。

 新幹線は市街地と市街地を直接繋ぎ、しかも持ち物検査の手間もないので、実質的な所要時間は飛行機より早いはずです。

 開通の前日に東日本大震災が発生し、開通セレモニーが自粛により封印されたというエピソードまで含めて、九州新幹線には物語性が抜群に含まれています。

 試運転中の車両に向かって、沿線のみんなが精一杯の歓迎をしている様子に、私は観るたびに何度見ても涙してしまい、このままでは涙が涸れ果ててしまうので、最近さっぱり観てません。

 

 

 

 只見線の「手をふろう」も、それに通じる感動的な条例であると思います(つい、只見線のことを忘れそうになっておりました)。

 

 「手なんかふって、どうすんだ」との冷静な意見もありえますが、たとえ見知らぬ土地でも(いや、見知らぬ土地だからこそ)こちらへ手をふって歓迎してくれる住民の存在を車窓に認めたら、無条件で嬉しくなってしまうものですよ。

 外国人観光客なら、驚きと称賛をもって母国の家族や友人に伝えるんじゃないですか?

 「じつはルールで決まってるから、手を振った」という真相を仮に知ったとしても、それはそれで驚きのエピソードです。

 「ジャパン・イズ・クレイジー」と言われてしまうかもしれません。

 クレイジーで何が悪い。手を振られたとき、お前も多少は嬉しかっただろう。

 

 昔、『伝染るんです。』という傑作漫画で、ヘリコプターを見ると手を振る少年、というネタがありました。

 手を振ることは、最も手軽な「親しみの表現」なのだと思います。

 握手などでも親しみを表せるかもしれませんが、握った手をやたら上げ下げしてきたり、痛みを覚えるぐらい強く握ってきたりなど、一種のマウンティングをしてくる連中がいるので、握手は鬱陶しいです。

 その点、手をふることは、振るほうと振られるほうに優劣を押しつけるような嫌らしさはありません。 しかも、一度に大勢へ親愛の情を示せるので、とっても効率的。

 

 最近、手を振ってないなぁ~。

 出会いのとき、別れのとき、女性が手を振ると可愛らしいです。

 しかし、おっさんが手を振るのはためらわれる風潮があります。

 なぜなのでしょうか。

 おっさんが胸の前で細かく手を振ると、どこか「新宿2丁目」感を振りまいてしまうように思います。そこがたとえ新宿3丁目であっても。

 「おっさんが手を振っても、可愛らしく受け止めねばならない条例」の制定が待望されるところです。

 

 おっさんが特定の友人知人に手を振るとアレですが、おそらく、電車の乗客のような不特定多数の知らない人に向けて手を振れば、違和感がだいぶ中和される印象がありますね。 その点で、「手をふろう条例」は優秀だと思います。

 

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長嶺 超輝

長嶺 超輝

「ナガミネ マサキ」 と読みます。たまに、「カンダ マサキ」と間違われます。 [詳細]

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